第2回 平田先生の健康コラム

第2回 人は『何か』を通して人とつながる

皆さん、こんにちは。親和治療院の平田です。このコラムが掲載される頃は、すでに梅雨の真っ只中でしょう。ジメジメとして嫌な季節が続く訳ですが、“ジメジメ”と聞いて皆さんは何を連想されるでしょうか? “乾かない洗濯”、“風呂場”、“靴の中”etc. そして、よく有る“人間関係”。 “ジメジメ”嫌ですね~。

雨に濡れた洗濯ばさみweb あじさいとかたつむりweb

当たり前の話で“人間関係”と銘打つからには、自分一人では無い訳です。他人様だけでなく、家族も同じ。 じいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さん、兄ちゃん、姉ちゃん、僕、私、弟、妹が居る。昔から“血は水よりも濃い”と言いますが、それでは他人様との関係では“人間関係”という言葉が成立して、血のつながりに関しては、何故、“人間関係”という言葉を使わないのでしょうか?

私は、「家族」は社会の構成単位の掛け買いのない基本単位と思っています。ですから、「家族」は“人間関係”の一番最初になる訳です。

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さて、“ジメジメ”ですが、他人様との“人間関係”に比べ、家族は“ジメジメ”を感じないのは何故か?(親類縁者に枠を広げると、“ドロドロ”が強くなる事も有ります。(笑)) それは、“血”“魂”の結び付きが有って、一つの“家”(建物では有りません)を成しているからです。どんな境遇の人でも、“家”に生まれ、育ち、世の中に出て、一人立ちをして、また新しく“家”を作るのです。 今回の題名の“『何か』を通して”の一番最初の『何か』は誰でもまず“血のつながり”が最初なのです。

さて、一人の人間が存在するという事は、必ず“夫婦”がある訳ですが、“夫婦”は『何』を通してつながっているのか? 「愛してるよ」「私も」なんて言ったのは、もうウン十年も前の事、今は1~3年経てば化石化して、風化してあとかたも無くなってしまう。 昔は「同じ墓に入る」という事で夫婦はつながっていた。でも今は熟年離婚。しまいには“夫原病”なんて病名まで生まれる。ニュースを見ると、平気で自分の親を、そして子供を殺めてしまう。そんな世の中だから、男性も女性も結婚出来なくなってしまう。これは、つながる『何か』が分らなくなっているからです。

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基本的に“家”を未来につなげていく為に、夫婦になるので有って、薄っぺらな“愛もどき”は『何か』には値しません。だから“家”が崩れていく。そして、そこで育った子供達は、人とつながる『何か』を認識できないから、社会に出ても適合性が無い。

働く場所(職場)には、明確な『何か』 は有ります。それは、そこで扱うモノ(コト)を通して、社会に貢献することです。今の時代、ブラック企業、ブラックバイトの様に、ドロドロ、黒々している処も有りますが、いずれにせよ、世の中に出れば、少しでも社会の役に立つ事こそが『何か』であり、それを通して、人とつながるのです。でも、周りの人達が全て良い人々ばかりでは無い。ひとくせ、ふたくせ、ひねくれているのも当たり前。そして、“ジメジメ”と「人間関係」に巻き込まれ、心にカビが生え、体の調子も悪くなる。

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さて、私にとっての『何か』はもちろん、皆さんの“身体”です。でも、それは細胞一つ一つに“心”の宿っている“身体”です。古くからの私の患者さんは、私が「うーん、この身体は一刻も早く会社を辞めたがっているね。」と言っても、「やっぱり、バレましたか。」と言って驚きもしない。ウチの治療院ではこんな会話が当たり前です。 “身体”はウソをつきませんから。

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皆さんも、“家=家族”や“職場”での『何か』を再考してみてはどうですか? そこが解ると“ジメジメ”の半分は無くなります。あとは私の処へお越し下さい。私も少しは皆さんの“乾燥剤”になるかもしれませんから。

それでは、また・・・。

第1回 平田先生の健康コラム

第1回 「健康」と「生きがい」

 

初めまして。健康コラムを担当いたします親和治療院の平田善大と申します。よろしくお願い致します。

 

1回目のタイトルは何にしようか?・・・と考えておりましたが・・・健康ポスティング普及協会の「理念」を拝見いたしまして、1回目はこれで行こう!!という訳で「健康」と「生きがい」といたしました。

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“孫が生きがい” “趣味が生きがい” ・・・それもよろしいでしょう。

でも、・・・世の中を見渡せば、そうとばかりも言えない状態ですね。“健康のため”に運動をしたり、趣味に時間を費やして、やがて体が言うことをきかなくなれば、それも出来なくなる・・・。孫も大きくなれば、おじいちゃん、おばあちゃんは、イコールお年玉・・・。さあ、自分が“生きがい”だと思った事が次第に遠のいていきます。

そして「働く事」が「生きがい」という人はとても少ないですよね。

 

このテーマを決めた時、折しも、テレビの番組で「定年制を廃止した会社」が取り上げられておりました。「営業」「総務」「修繕」各部署で60代から70代の方が生き生きと働いていました。そして、「働けるものなら80才を超えても働きたい」とおっしゃておりました。ここに・・・「健康」と「生きがい」の存在と合致が有ります。

つまり、人間にとっての「生きがい」とは、一生涯現役で働く事であり、また、働ける事。そして「健康」とは、「生きがい」を全うする為に“養生”をしながら、仕事の流れの中で“頭脳”、“体力”そして“心”を一定のレベルに保持する努力ができる事と言えるでしょう。

 

人間が生まれるという事は、同時に年を取ってゆく・・・という事です。ですから、若い頃の様に体が動かなくなる事は当然といえば当然なのです。が、“人として生きる智恵”は、年を重ねる毎に、密度が高くなければならないのです。職人さん達の仕事や生き方を見れば、どなたでも納得がゆくはずです。お医者様であれば、百才を越えて、いまだ現役の日野原重明先生もいらっしゃいますね。

そういった方々を“特別な人だ”と思わずに、皆さん、それぞれの“生涯現役”を貫いて、まず“健康”というものを見つめ直す事、そして、同時進行で“生きがい”を作り上げる事、本来、「健康」と「生きがい」は、一体のものである事を考え直していただければ、それが本当の「幸福」だと思います。